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所在地:甘橿巫神社
開催日:4月第一日曜
住所:明日香村 豊浦 
盟神探湯とは、古代の呪術的裁判法で、宗教・法律・道徳が未分化で、呪術的観念が支配的な文化段階において正邪を判別するために用いられた方法である。
允恭天皇は「一つの氏が分かれて、さらに多 くの姓になってしまい、その真実を知ることは難しい。そこで、諸々の氏姓の人々に風呂で身を清めさせてそれぞれ盟神探湯(くがたち)をせよ」とおっしゃった。そこで甘樫丘の辞禍戸岬に釜を置き、「正直者は火傷をしないから熱湯の中に手をいれなさい」と命じた。
この釜は平城遷都後、甘橿の地が哀運にむかったので神社が現在地に移遷されたときに釜も共に運ばれたが弘仁(810年)以降いつのまにか失われてしまった。
現在は、豊浦、雷の両地区が氏子となり例祭には故事にちなんで"笹"を用いて盟神探湯の儀が行われている。

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